#220 VCパートナにとっては、「私たち」よりも「私」の方がより重要
先週末、久しぶりに友人たちとキャンプをしました。次女が生まれてから初めてのこと。8ヶ月の小さな次女も無事連れ出せたので、これからも昔のように自然の中へ出かけられそうです。
キャンプの良さは、強制的に仕事のことが考えられないことにあります。週末もつい仕事のことを考えてしまいますが、1日でもこうしてリズムを断ち切ることで、頭の中も整理される気がします。そして、やはり信頼する仲間と焚き火を囲み、語らい、買い出しをし、キャンプ飯を楽しむ、そんな時間が何よりの贅沢です。
帰る日の早朝、雨が降り出し、びしょ濡れになりながらの大変な撤収となりましたが、ただ笑い合い、心地よい疲労とともに帰路にたちました。

雨の中の集合写真(キッズは車待機)
先週も多くのファンドマネージャーと話す機会がありましたが、その中で記憶に残るマネージャーとの会話についてお話ししたいと思います。
そのファンドには「非運営GP」が一人います。彼は経済的なインセンティブは持っているものの、実際の意思決定権は持たない人物です。社会的に非常に有名な方で、広範なネットワークを持ち、ポートフォリオ企業の起業家たちにとって大きな助けとなる存在でした。
45分間の会話のうち、最初の20分はこの方がファンドにもたらす価値や、その存在がファンドの成功にどれほど重要かという説明に費やされました。正直、私もそのような方が関わるファンドとご一緒できる機会があれば、魅力的かもしれないと感じました。しかし、話を続けるうちに、一つの疑問が頭をよぎりました。「このファンドを実際に運営しているのは誰なのか?」
もちろん、その著名な方はファンドの成功に対して強いインセンティブを持っています。しかし、実際に投資判断を下し、起業家と密に連携しながらファンドの長期戦略を調整する立場ではありません。それでは、その方がご自身のソーシャルキャピタルや時間をどこまで費やす意思があるのでしょうか。例えば、本業や他の活動で手一杯になったときはどうなるのでしょう?
私は、ポートフォリオのGPがご自身の能力とリソースを100%以上注ぎ込むことを求めます。そして、私が投資したGPたちは皆、そのように活動していると信じています。私自身も同じです。自分のファンドの成功のために、常に100%以上の努力を注いでいます。それこそが、私の投資家の皆様が私に期待していることだと考えています。ベンチャーキャピタルの世界は決して簡単な所ではありません。100%の努力では足りず、100%以上を注ぎ込んでも成功が保証されるわけではないからです。
先ほどのケースに戻ると、もしファンドの核となる競争力が特定の人物とそのネットワークに依存しているのであれば、その人が100%以上のコミットメントをするという確証が必要になります。もしかすると、その方は本当に尽力するかもしれません。しかし、それをどうやって確信できるのでしょう。探すのは決して簡単ではないです。
実は、似たような経験を何回かしたことがあります。例えば、以前あるGPに会った際、彼の父親がスタートアップ業界で非常に著名な人物であることを知りました。おそらく、この記事を読んでいる皆さんも、その方が創業した会社の名前を知っているでしょう。当然、その方はファンドのアドバイザーとして名を連ねていました。それ自体は特に驚くことではありません。しかし、私が懐疑的になったのは、そのGPが会話の中で何度も「私の父はこういう人です」と繰り返していたことでした。結局、彼は自身の強みではなく、父親の存在を前面に押し出していたのです。私は、その場でそのファンドへの投資判断を下すことができました。
GPにとって最も重要なのは、直接的な経験と専門性です。アドバイザー、ベンチャーパートナー、LP、さらには家族から得た間接的な経験や専門知識は、補助的な役割を果たすことはあっても、それ自体が競争力の源であってはなりません。本当の競争力とは、GP自身が積み上げた深い経験と実行力から生まれるものです。一般的には「私」よりも「私たち」という価値観が重要視されます。しかし、ベンチャーキャピタルのパートナーとしては、「私たち」よりも「私」が先に来るべきだと思います。
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