#217 ファンドキャッシュ・フローの理解が重要な理由
先週、ANAに乗って弾丸の日本出張に行ってきました。ビジネスクラスの入口には「これより先はビジネスクラスです」と書かれていました。しかし、その下の英語を見ると「Business Class Passengers Only」となっています。つまり、日本語には「Only」、すなわち「専用」という表現が省かれているのです。
些細な違いではありますが、この表現は日本語や日本文化の特徴をよく表していると感じました。日本では、禁止や制限を直接的に伝えるのではなく、遠回しな表現を使うことが一般的です。一方、英語ではより明確に伝えられる傾向があります。
最近、アメリカで資金調達に挑む日本のスタートアップが増えていると感じます。しかし、言語は単に直訳すれば通じるものではなく、その国の文化やコミュニケーションのスタイルを理解することが不可欠です。英語が「通じる」レベルで話せるだけでは不十分な場面も多いということにもなります。

投資 vs コミットメント
スタートアップに投資する際、ベンチャーキャピタル(VC)は通常、投資金額の全額を送金します。例えば、VCがスタートアップに1億円を投資すると決めた場合、通常1億円全額を一括で送金します。シンプルです。しかし、VCファンドに投資する場合、その仕組みは大きく異なります。
LP(リミテッド・パートナー、有限責任投資家)は、投資資金を一括で送金するのではなく、ファンドに投資約束(コミットメント)を行います。そのため、LPは 「XYZファンドに1億円を投資した」 ではなく 「XYZファンドに1億円をコミットした」 と表現をよく使います。この違いは非常に重要です。
キャピタルコール
LPがコミットした金額は、ファンドは必要に応じて段階的に資金を要請し(キャピタルコール)、投資、運用報酬の支払い、その他の費用をカバーします。そのため、VCファンドは銀行口座に余分な資金を保持せず、必要なタイミングでのみLPに資金をコール仕組みになります。
VCファンドの投資期間は通常3~6年で、この期間中に新規投資やフォローオン投資のためのキャピタルコールが実施されます。しかし、LPがコミットした資金をすべて送金する前に、一部のポートフォリオ企業がエグジットすれば、LPは分配金(ディストリビューション)を受け取り始めることもあります。すなわちLPたちは投資約束金額を全額入金する前に分配金を受け取ることもあり得るのです。
以下のHarbourVestが作成したチャートは、VCのようなプライベートファンドの資金フローを示す良い例です。

LPの視点
このキャピタルコールの仕組みは、LPの資金管理に大きな影響を与えます。• 流動性の確保:LPはコミットした資金を即座に送金する必要がないため、資金を他の投資や事業運営に活用できます。• 現在の保有現金以上の投資が可能:今すぐ1億円を持っていなくても、将来的に安定したキャッシュフローが見込めるのであれば、投資戦略をしっかりつくることで1億円のコミットメントを行うこともできます。
VCファンドの視点
VCにとって、キャピタルコールは戦略的に行う必要があります。• コールのタイミングが早すぎると、LPのキャッシュフロー管理が難しくなり、ファンドのパフォーマンス(IRR)に悪影響を与えます。• コールのタイミングが遅すぎると、良い投資機会を逃すリスクがあります。
この最適化のため、多くのVCファンドはキャピタルコール・ファシリティ(capital call facility)を活用します。これは、短期借入を利用し、LPからの資本呼出しを遅らせる手法です。適切に活用すればIRRの向上が可能ですが、過度な利用はコスト増加やリスクを伴うため、バランスの取れた運用が求められます。
ファンド・オブ・ファンズ(FoFs):より緩やかなキャッシュフロー曲線
ファンド・オブ・ファンズ(Fund of Funds, FoFs)の資金フローは、一般的なVCファンドの拡張版と考えることができます。
FoFsは、直接スタートアップに投資するのではなく、他のVCファンドに投資するため、キャピタルコールや分配のタイミングは、投資先のVCファンドの資金フローに依存します。
ですのて一般的なVCファンドが3~6年以内に資本をキャピタルコールをかけることに対し、FoFsは6~9年かけて段階的に資本をコールします。
また、投資先のVCファンドで早期エグジットが発生すると、投資後3~5年目から分配が始まることもあります。このように、投資期間が長く、分配が早く始まることで、FoFのJカーブ(J-curve)はより緩やかになり、伝統的なVCファンドに比べてキャッシュフローのマイナス幅が縮小されるという特徴があります。
まとめ
VCファンドのキャピタルコールの仕組みを理解することは、LPの流動性管理やVCファンドのパフォーマンス最適化において不可欠です。• LPの視点:資本効率を最大化し、適切な流動性管理を行う。• VCの視点:IRRを向上させるため、資本呼出しのタイミングを最適化する。
資金フローを理解し、戦略的に活用することで、より良い投資成果を達成することができます。
References:
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